がんばっている人が、
報われる組織を創る。
評価とは、人の一年を左右する判断です。昇給も、昇進も、任される仕事も、そこで決まります。それほど重い判断が、実際には記憶と印象で行われている。私たちはそのことに、どうしても納得できませんでした。
人は水準ではなく変化を記憶します。だから、ふだん目立つ人が一度成果を出せば鮮明に残り、毎日きちんと積み上げている人の働きは、変化がないぶん記憶に残らない。最も価値のある働き方が、最も見えにくいという逆転が起きています。
これは、評価する人が不誠実だからではありません。人間の認知の限界です。意識を変えても解決しない。だから私たちは、記憶を記録に置き換えるという方法を選びました。
もうひとつ、動機があります。期待と実績の認識がずれたまま放置されると、やがて人は静かに諦めて去っていきます。ときには争いになります。どちらも嘘をついていない。ただ、記録がないだけです。その手前で認識を合わせられる仕組みがあれば、防げるものがあるはずだと考えています。
曲げない3つのこと
AIが担うのは事実を集めるところまでです。誰をどう評価するかは、人が責任を持って決める。この線は動かしません。
積み上がった記録は会社の資産であると同時に、その人自身の職務経歴でもあります。片方だけのものにはしません。
従業員だけが記録され評価される仕組みにはしません。会社と上司が何をしたかも、同じように残します。

弁護士として、人事にまつわる紛争をいくつも見てきました。共通しているのは、ある日突然こじれたわけではないということです。期待と実績のずれが、何年も放置された結果として起きている。会社は「何度も言った」と言い、本人は「聞いていない」と言う。どちらも嘘をついていません。
紛争にまで至るのは氷山の一角で、その下には、見られないまま静かに去っていった人たちがいます。声の大きさで評価が決まる構造も、認識のずれが放置される構造も、根は同じだと考えています。
だから、日々の記録から始めます。がんばっている人が報われる組織を、事実の積み重ねでつくっていきます。
がんばっている人を正確に評価できていますか。
その評価に納得感はありますか。